アーキプラス

92.犬派?猫派?

我が家のアイドル ドーベルマンの縫いぐるみに乗る
 運動不足のため、毎朝、毎夕散歩をしている。(ヤチダヨリ#89.自粛要請期間中で思うこと参照)公園を通ることが多いが、一日に何十匹もの犬に遭遇する。しかも多くは小型犬である。プードルやチワワや小柴が多い。流行りか?路地裏も歩くが、猫がいるかと思いきやあまり見かけない。家飼いが多くなったせいか?
 義妹がシーズーという小型犬を連れてきた。以来、我が家は一人家族が増えたようになった。広く天井の高い室内で床暖房のある空間は、さぞかし犬にとって気持ちの良い環境だろう。すっかり家族・空間になじみ、以来家族をつなげる存在になった。もともと動物好きであった。今の建築の仕事でなかったら、獣医もいいかなと思っていたぐらいである。もっともトカゲやヘビは苦手なので無理だと思うが・・・。しかし、犬にはあまりなじみはなかった。ただ、子供のころしょっちゅう往来していた動物好きの従兄の家では、いろいろな生き物(インコ、ヒヨコ、ニワトリ、虫、ウサギ、亀、鯉、金魚)を飼っていた。中型犬のコッカー・スパニエルも飼っていて、散歩によく同行した。せわしなく動く。犬小屋で飼っていたせいか、少し臭かった。興奮すると吠え、人間の顔色をうかがう。時折、まとわりつき、舐められるとかなり、ウエットな唾液がべちょっとついた。ちょっと苦手であった。実は犬には怖い思い出もあった。小学校低学年のころだと思う。夜中社宅においてあったゴミ箱にごみを捨てに行くように母親に言われて暗闇の中ゴミ箱に向かった。コンクリートでできたゴミ箱の木のふたを開ける。すると黒い瞳とともに「ワン・ワン」と吠え声が闇夜に響き渡った。ゴミ箱の中に野良犬が暖をとっていたのか、エサを探していたのか、潜り込んでいたのである。ゴミを捨てることを忘れ、一目散に家に逃げ込んだ。当時、野良犬が街を徘徊していたのである。また、北海道一人旅をした大学1年生の夏、1971年8月のことであった。標茶という当時の国鉄の駅の長く伸びた軒下に寝袋で野宿していた時のことである。周りには数人の同じ一人旅がいた。冷夏で風邪をひき気味だったので、元気づけのため近くの飲み屋でジンギスカンと熱燗をいただき、その勢いで寝袋に入り、眠りについた。寝静まったころ、何やら周りに音がする。すると突然犬の遠吠えが始まった。「ワォー」近くにいるらしい。だんだん耳元に近づいてくる。すると遠くでも遠吠えが聞こえてきた。少しずつ、増えているような気がした。何やら、野犬たちが集まってきたようだ。まさかオオカミじゃないだろうな?不安がどんどん募り気が気ではなくなってくる。このまま噛まれ、噛み殺されたらいやだな。逃げるわけにもいかず、じーっとこらえる。どうしようもないなと腹をくくる。すると知らないうちにまた寝込んでしまった。いまだに強烈にその恐怖感を覚えている。
 私の母親が無類の猫好きで、家に舞い込んだ猫を餌付けし、いつも2,3匹は飼っていた。身近に猫がいたので猫の扱いには慣れていた。嫌がること喜ぶことがわかっていたので、いじめたり可愛がったりして楽しんでいた。猫は人間の顔をうかがうことなく勝手気ままに行動する。なめられてもドライである。しかし、爪を研ぐため、家じゅうを傷つけボロボロにする。マーキングのオシッコ(特に雄が激しい)のにおいが強烈であった。また食べ物をドロボーする。獲物を口にくわえて見せに帰ってくる。時にはどこかの家で飼っていただろう小鳥の頭を加えてきたこともあった。「コラッー」と頭をひっぱたく。
 妻の家は昔、家で犬を飼っていた。しかし。母が犬の毛にアレルギー反応があり、つらい思いをしたそうだ。調べてみたら妻の方は猫の毛にアレルギー反応があったという。私は犬と猫の蚤にかまれるとひどいアレルギー反応があった。したがって、家ではペットを飼わないことにしていた。しかし、我が家の新しい家族は定期的にトリミングやシャンプーをしているせいか、蚤は生じず、匂いもほとんどしない。よっぽどのことがない限り、吠えたりもしない。こちらが帰ってくるとまっしぐらに向かってきて、飛びついてくる。しっぽを振って。そんなに喜ばれるとこちらも嬉しくなる。すっかり犬好きになってしまった。人間も動物も環境、体験によって好みも変わるのであった。
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