アーキプラス

2012.08.31

8.屋久島の旅

コラムcolumn
 お盆休みに屋久島に行ってきた。いつもは名所、名建築を見て駆け巡る「移動の旅」だが、今度は屋久島だけに腰をすえ6泊した。屋久島は日本の縮図のような島だといわれている。四方海に囲まれ、狭いながらも海抜2000m近くある山々がそびえている。海岸線のふもとは年平均気温が20℃前後で亜熱帯の気候であるが、最高峰の宮之浦岳では年平均気温が6℃で北海道と同じ気候である。海からの季節風の影響を受け、夏は黒潮の湿った空気、冬は北西の湿った冷たい空気が山に当たると多量の雨や雪となる。海岸線から海抜1000mくらいまでは照葉樹林(常緑の広葉樹林)帯である。日本では一番まとまっているといわれる。1000mから1600mぐらいのところまではスギ樹林帯で、スギ、モミ、ツガなどの針葉樹と常緑広葉樹のヤマグルマ、落葉広葉樹のヒメシャラなどが群生している。それより上はヤクシダケ草原帯といって常緑や落葉の低木が群落をつくっている。氷河期は日本と陸続きであったため動植物も日本の南限となっている種が多い。花崗岩が隆起してできた島で、平地があまりない。岩がごろごろした山に植物がしがみつきながら生長する。厳しい環境が豊かな自然を育むといったところか。
 まず、周囲132kmある海岸線の一周のドライブをした。海がめ産卵の浜辺、トビウオの漁港安房、ゴマサバの港一湊、1年間8000mmもの雨が降る山間部からの水が一気に落ちる名滝の数々、突如ヤクザル、ヤクシカの群れと遭遇する西部林道、アルプスのアイガー北壁のように海岸から聳え立つモッチョム岳などこの島でしかない自然を瞬く間に堪能した。
 次は山である。海抜約1200mの登山口から、海抜約1600m日本最南端の高山湿地帯、花の江河までの往復である。きつい上り下りの繰り返しで結構ハードだ。猛スピードで上り下りをし、再び登山口に帰る。女性2人組が淀川登山口でへたり込んでいたので声をかける。最高峰宮之浦岳に日帰りで帰ってきたという。6時前に出発し、往復9時間かけての帰還だが、暑さと疲労感でだいぶ音を上げていた。でも山頂は360°のパノラマは絶景で気持ちよかったそうだ。そういえば、私は19歳のとき北海道ひとり旅の途中利尻岳に登った。海抜0メートルから日帰りで標高1,721mを登ったのを思い出す。若かった。
 次の日は、屋久島メッセンジャーというエコツアーガイドを主宰している菊池さんに白谷山水峡を案内してもらった。映画「もののけ姫」のモデルになったといわれる苔に覆われた神秘的な森である。彼は屋久島の森の語り部である。しかし彼は屋久島の人ではない。東京でサラリーマンをしていたところ、自然とともに暮らすため、一念発起して、家族とともに移住してきたそうだ。森の成り立ち、仕組み、楽しみ方、問題点などを丁寧に説明してもらう。帰りに彼の直営ショップに立ち寄った。屋久島産の石積みの塀で囲われた空間である。交通量の多い周回道路から切り離され、内部と外部が融合した別世界の空間がつくられていた。設計者は堀部安嗣さんである。新建築2011年10月号に16ページにわたって詳しく紹介されていた。
 翌日のカヤックツアーガイドの池田さんも筑波から移ってきた自然を愛する人であった。そういえば、ホテルの従業員の多くの人達も移住組であった。屋久島は老人の割合が高く、人口の自然減もあるが、本土からの若い人の流入も多く、人口もわずかに増える傾向にあるという。電源は豊富な水資源からの水力発電でほとんど賄い、豊富な自然資源で自給自足的生活が成り立つ可能性がある。薪で風呂を焚く家も多いという。
 遅ればせながらこれからはトレッキングやカヤックなど自然と絡むスポーツをやりたいと思った。5年後、10年後彼らはそして私はどう暮らしているのだろうか、しばらくしてもう一度行きたいと思った。そのときには、屋久島最高峰、宮之浦岳1936mに登ってみよう。(早く行かないとエライ年に・・・。)
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