アーキプラス

2021.02.04

93.ソーシャル・ハウジング

 30年近く前に設計をした熊本の会社から、関連会社の改築の相談を受けた。1期2期と順次建てられた老朽化した本社ビルの建て替えについてであった。しばらくすると時はコロナ禍になり、資料をもらって検討はしたが、建物の状況がよくわからない。時間はかかったが、とりあえずの提案をまとめZOOMを使って打ち合わせをした。しかし、実態とは相当ずれているかもしれないという不安があった。やはり実際に現物を見てみなくてはならないであろうと思った。時間は経ってしまったが、打ち合わせを兼ねて事務所全員で3泊4日で熊本を訪れることになった。感染者の多い東京から、熊本に訪れるということで5人全員PCR検査を行って、陰性を確かめてから向かった。
 久しぶりに熊本市に訪れることになる。スタッフは全員熊本県は初めてであった。12月3日にクライアントと会う。実は、社長は熊本地震後の奮闘のさなか、病魔に襲われ他界された。明治11年創業の会社は奥様が社長となり、以前は幼児であったご子息が役員となり、業務も多様化されていた。27年ぶりの再会となった。月日の流れを感じるが、ついこの間であったようにも感じた。早速、建物を見学に行く、百聞は一見に如かずである。会社の運営環境は手を取るようにわかった。やはりこちらが提案していたものは、多少無理があったと感じる。翌日の打合せでそのことを直接伝え、他の選択肢を検討することになった。
 打合せの後は、熊本の建築探訪である。熊本では、当時熊本県知事であった細川護煕氏によって1988年から始まった「くまもとアートポリス」という事業があり、公共建築を中心にいろいろなプロジェクトが進められていた。1987年に開催されていたベルリンIBA(国際建築展)を参考にして、建築や都市計画を通して文化の向上を図ろうというコンセプトであった。「くまもとアートポリス」は集合住宅を中心とした力作が多かった。それを中心にみることにした。
 まず、県営保田窪団地を訪れた。これは以前何回か、訪れたことがあり、内部も見せてもらい、実際に住まわれているところを見学したこともあった。山本理顕さん設計の外に閉じ、内に開いたコンセプトが有名で、いまや集合住宅の建築計画の問題として建築士の試験にも出るそうだ。形態表現の強さから、多少の朽ち果てた感が否めない細部も気にならないほど力強さを感じた。ただ、コモンの中庭は12月の平日の昼間であるせいか、ひと気がなく、物寂しかった。築後30年近く経ち、居住者の老齢化の影響か?
 次にその近くにあった県営竜蛇平団地を訪れた。故元倉真琴さんの設計で日本建築学会賞受賞作品であった。その祝賀パーティで見たスライドでは造形的な構成美に感心したが、セットバックしていく住戸構成は、通り抜けと組み合わせて階段によって開放感ある住戸のつながりをつくっていた。周辺とのつながりにおいても敷地に行って初めて了解した。
 そのあとに市営新地団地を訪れた。これも一部だが、作品の完成直前に見学したことがあった。5人の建築家が、各様のデザインコードで向かい合う形で延々と続く、巨大建築群である。広大な敷地にそれぞれ存在感を示している。夕方に差し掛かっていたので外で遊ぶ子供たちも出てきた。一部は代替わりしたということか。ハト除けのネットが緑色や青色で賑やかに張られている。その場しのぎという感じで、洗濯物といろいろな生活物がバルコニーに置かれ、雑然とした部分が目立っていた。
 日本の公営住宅は住宅政策におけるセーフティネットの一環であるためにメンテナンスコストは微小にしか投じられないことが多い。民間の賃貸住宅だと、募集に競争の原理が働くから、必要な手当ては常に必要になる。以前訪れたオランダのアムステルダムにあるソーシャル・ハウジング(ヨーロッパの賃貸公営住宅)の建築群は第一次世界大戦後に建てられたにもかかわらず、いまだに美しく使われ、街のシンボルとして観光名所となっている。これらの集合住宅を見て改めて感じたのは、日本の公営住宅法の基準がある中で、よく作られたということである。日本の公営住宅の枠を超えた都市景観が生まれたのは確かである。もう少し丁寧に手を加えて、良き時代の行政の残した産物を生かしてほしいと思った。
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