アーキプラス

2013.01.31

13.キース・ジャレットと東京文化会館

コラムcolumn
写真 東京文化会館 設計前川国男(1961年竣工)  撮影663highland
 今年の5月にキース・ジャレット・トリオのコンサートがある。結成30年のトリオであるが、この10年はコンサートがあると必ず聴きにいっている。ドラムのジャック・ディジョネットは古希、ベースのゲイリー・ピーコックは今年喜寿を迎える。この先どうなるのかなと思っていたら、日本でのラストコンサートとなるらしい。
 1972年8月のことである。突如、突発性難聴に襲われた。いきなり右耳にひどい耳鳴りがやってきた。幸い隣家が耳鼻咽喉科医院であったから、すぐ診ていただいた。突発的におきる原因不明の特殊な病気だから、すぐに大学病院に行くことになった。その病気の治療では当時最先端の治療を行っていた先生に診てもらう。10日ぐらい治療するとまったく聞こえなくなった右耳が低周波の音が聞こえるようになった。ただ、高周波の音は回復せず、高周波の耳鳴りが残った。未だに原因は解明されていないそうだが、考えられるとすれば、エレキギターを弾くとき、テープレコーダーをアンプ代わりとして使っていたのだが、ヘタクソなためイヤホーンで聞いていた。出力オーバー気味にして、ファズのようなわれた音で聞いていた。そのせいかもしれない。
 直前までやっていたアメリカンフットボールとサッカーは神経系の影響があるかもしれないのでそのときは一切やめた。片方の聴力が失われてしまったが、低音は聞こえるので左右のボリュームのバランスはとれている。しかし逆に急に音が恋しくなり、再びよく音楽を聴くようになった。その夏は、ギルバート・オサリバンのALONE AGAINが大ヒットしていた。日常的にFENを聞いていたが、1時間に1回はかかるほどのヒットであったのを憶えている。しかし、高校時代から、サッカー一筋となっていたため、中学時代専念していた音楽の様相は、ロックもジャズも劇的に変化を生じていた。いろいろと貪り聴いた。
 そのころラジカセというものが、世に出回り始めた。すぐに買い求め、FMの音楽番組を録音した。キース・ジャレットのピアノソロの「フェイシング・ユー」というアルバムがあった。その中にある「イン・フロント」という曲を聴いて一遍でキース・ジャレットに惹かれた。前からよくジャズ喫茶には行っていたが、これをきっかけにのめりこむように毎日モダンジャズを聴く日々となった。ジャズクラブに学生だてらに行くようにもなった。
 1974年1月そのキース・ジャレットはチャーリー・ヘイデン、ポール・モチアン、デューイ・レッドマンのカルテットで来日した。ソロのコンサートを追加公演するというので、郵便貯金ホールに聴きにいった。日本で最初に行われたインプロヴィゼーション(即興演奏)である。その後のケルン・コンサートやサンベア・コンサートなどの名演へとつながっている。
 今度のキース・ジャレット・トリオの公演はオーチャードホールである。今まで郵便貯金ホール(現東京メルパルクホール)、サントリーホール、東京文化会館、オーチャードホール、東京芸術劇場、東京厚生年金会館といろいろなホールで聞いてきたが、2004年と2007年に聴いた東京文化会館が一番よかったと思う。5階まであるバルコニー席に囲まれた大空間は音響・空間共に最高である。建物の崇高さがキースの音楽と同調している。設計は前川国男。彼の代表作でこの作品でも建築学会賞を受賞している。
 その東京文化会館に小学生のころフジテレビに往復葉書で申し込んで行ったことがあった。渡辺暁雄指揮日本フィルハーモニーオーケストラのチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第一番」のコンサートであった。子供ながらに高揚感を感じた。世田谷区民会館、紀伊国屋書店など同時期に前川が設計した建築と共に、縁甲板が転写されたコンクリート打ち放しでつくられた壮大な空間に対して建築への憧れを感じた始まりであった。
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