アーキプラス

2013.03.30

15.中野的空間

コラムcolumn
写真 ululaが取り囲む位置指定道路。道路境界はわからないようにしてある。
 3月、中野に2つの集合住宅が完成した。中野区には今までにスクエア(1995年)、デュオ(1997年)、トリニテR・B・J(1997年)、アパートメントO2(2000年)、ステップ(2002年)と5つの集合住宅を設計してきたが、設計段階から数えると20年前からのかかわりである。トリニテRでは1997年から2005年まで8年近く事務所を構えていた。とてもなじみの深い場所である。その中野で10年ぶりの仕事であった。
 今回完成したひとつの「ulula」は、無数の飲食店街に囲まれたサンモールと中野ブロードウェイを通り抜け、迷路のような細い路地が錯綜しているところにある。行き止りの路地を囲むように建てた。以前は5つのアパートを含む木造建築があった。一つの建築にするので位置指定道路である路地を廃道にしようとした。しかし、周辺は狭窄道路である。位置指定道路を廃道にする開発許可は行政指導により下りなかった。そこで位置指定道路をそのまま取り囲むように建てた。結果として道路に向かって開いた建築となった。路地は緑に囲まれた中庭空間のようになったアプローチとなっている。内部にはいるとその路地が延長したような廊下が続く。中野らしさに包まれて各住戸につながる。路地からダイレクトに入る住居、メゾネット住居、1.5層のロフトつきの住居など様々なタイプを散りばめ立体的な「街」のような4階建ての建物となっている。もう一つの「アパートメントO2イースト」はアパートメントO2の中庭を共有するように隣に建てた増築である。ここも中野駅からの経路は飲食店街を通り越した先の細長い路地から続いている。以前の4階建の建物に6階建が融合し、新しい都市的風景ができたのではないかと思う。
 その中野で気に入っているバーがある。中野駅北口間近にある「sarto」だ。ここ数年中野近辺での〆はここだ。駅前広場の正面にある立ち食いそば屋脇のトンネルのような通路に潜むように構えている。間口は1間半弱、奥行きは2間強の狭小空間だが、吹き抜けがある。狭い階段を登るとトイレと踊り場のような2人掛けのラウンジがある。シガー愛好者が多いカウンター・バーだが、68度のペルノアブサンのロックグラスを傾けながら、暗黒の吹き抜けの下で、無限の空間の広がりを感じながら佇むのが好きだ。
 ついでにもうひとつ中野らしいバーを紹介したい。住宅街の中に潜む「日登美」である。朽ち果てつつある木造建物の中に入ると別世界が展開する。場所に似つかわしくない無数のリキュールが立ち並んでいる。ジュークボックスが鎮座し、懐かしい時を凍結保存しているような空間である。ここでは本格的なカクテルが楽しめる。トイレはかつての下宿屋の共同トイレである。今、住人はいないようだが、モルタルの床の冷ややかさが、昭和時代の凍結を象徴している。この設定はどこまで続くのやら・・・・。他にもまだ未発見の空間もあるはずだ。さらに奥深い中野的空間を求めたい。
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