アーキプラス

2013.05.31

17.ヨーロッパ鉄道の旅

コラムcolumn
ベルリン・ミュンヘン間のインターシティの寝台車
シャワールームとトイレが付属している
夜食のクラッカー、ミネラルウォーター、フルーツ、
食堂車での朝食付で約8000円の追加料金
 1981年初めての海外旅行は、はじめの2週間がミャンマー、パキスタン、トルコのアジアの旅で、後半の3ヵ月半はヨーロッパ建築の旅であった。有効期限3ヶ月のユーレイル・パスを手にコペンハーゲンからヨーロッパ鉄道の旅を開始した。ユーレイル・パスさえもっていれば、特急の1等車まで切符を買わなくてもフリーパスで乗ることができる。ヨーロッパはすべての国が鉄道でつながっている。各国のいろいろな車両に乗ることができる。そこで活用したのがトーマス・クックの時刻表であった。趣味を記入するときには音楽、旅、スポーツと月並みなものと共に天気予報と時刻表といつも書いている。最近ではネットを使って効率のよい情報をとるが、以前から国内旅行を計画するときは時刻表を手にしていた。交通機関全体のネットワークがわかったほうが探したり検討したりする楽しみがある。それだけで旅行をした気分になれる。ヨーロッパ鉄道の旅ではトーマス・クックの時刻表を枕にして自分で組み立てながら、体を休め、食事をし、一番効率良く建築を見てまわるようにこころがけた。失敗しても、また組み立て直して、新しい発見をするなどして元を取り返す。バルセロナからの帰りの夜行列車でブルゴーニュ地方の古都ディジョンに行こうとした際、乗り込む車両の間違えてしまい、朝、気がついたら、眼前にアルプスがそびえ立っていた。グルノーブル方面に向かっていた。しかし始めて見たアルプスは、仰角が高く、樹木より草に覆われて上部は岩肌剥き出しという見たことがない山容に感動した。失敗もまた楽しからずやである。
 好きな車両はコンパートメントである。ビートルズの映画「HARD DAYS NIGHT」で見かけた時から気になっていた。通路から隔離された寝台車とも違う3人がけのシートが向かい合わせになったものである。クシェット(簡易寝台車)などは別料金をとられるが、夜行の1等車のコンパートメントは大体すいているので、そのまま横になれば独占できるねぐらと化す。ただ、アッパークラスの通勤客が乗り込んでくる朝になるとおちおち横になっていられなくなる。4か月ひとり旅のさなか、時には独占空間となり、普段1人で歌うことなどあり得ない私が、ワインでも飲むとついひとりで歌いたくなってしまう。今夜も夜汽車で旅立つ俺だよ??。・・・どうにかなるさ~?。
 次に食堂車も好きだ。中には、電子レンジでチンをするだけの味気ないものもあるが、スイスのインターシティは、チューリッヒ、バーゼル、ベルンなどをそれぞれ1時間ぐらいで結んでいるが、移動中に食事が出来るのがいい。しかも、ちゃんと厨房で料理をしたものが出てくる。大好きなカレーもフレンチ流で、オードブル、スープ付きのメニューででてくる。観光立国を目指しているためか、日常的な食事にも手を抜かない。車窓からの眺めとともにする食事はすばらしい。しかし、ヨーロッパ全体では日本同様に食堂車は減少・簡略化しているらしい。スペインのタルゴのような国際特急では、新幹線とは違い、まだ今でもフルコースを堪能できる。これからも残してほしい。
 鉄道の旅の面白さが忘れられず、1997年再び2週間のユーレイル・パスを手にし、寝台車にも乗ってみた。パリ北駅からアムステルダムに夜行列車で向かう。トイレにはいると下にレールが見えた。何と垂れ流しているのである。日本では1964年の新幹線開通以来徐々に姿を消していったものである。テルミット溶接の技術でいち早く継ぎ目のないロングレールを導入し、1980年代では日本より二十年以上進んでいると思われたヨーロッパの鉄道であったが、この分野は、遅れていたのである。やはり日本のトイレ文化は進んでいると感じた。鉄道と市街地が離れてはいるものの寝台車に戻るとすぐに窓を閉めた。その後にベルリンからミュンヘンまで乗った最新式のインターシティの寝台車ではバストイレ付のすばらしい設備でちゃんと処理装置のあるものだったが・・・・。欧米諸国でもごく一部の高速鉄道を除けば、21世紀初頭に至ってもこの開放式便所が多く残存しているらしい。恐ろしいことである。
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