アーキプラス

2013.09.30

21.未来予測

コラムcolumn
河田町コンフォガーデンのインフィル 29階平面図 
(新建築2002年4月号掲載)
 正月にiPhoneに切り替えた。インターネットやメールをどこにいても開くことができる。とても便利だ。もっと早くから使っておけばよかったとつくづく思う。ナイキのランニング・アプリを使っている。これはラン・トレーニングでGPSによって位置と時間を記録し、iTunesで読み込まれた音楽を聞きながら、情報をアナウンスしてくれる仕組みだ。例えば0.5kmごとの時間とスピードが報告され、完走時にいろいろなタレントのヴォイスでその都度評価のコメントが発せられる。キヨハラに「まだまだいけるで~」と言われ、「おめ~には言われたくない」とつぶやきながらも、思わず笑ってしまう。ランニングの軌跡(マップ)、平均ラップ、距離など記録が累積されてゆく。九州でも大阪、京都でも使った。実に手軽で楽しい。コンピュータは苦手だが、文章・設計・記録・スケジュール管理などでは欠かせない道具で一日中使っている。いまや必要不可欠の日常の道具となっている。
 大学生の時、家庭教師で教えていた中学生から、ある質問を吹っかけられた。コンピュータはどこまで可能か?彼は人間に変わってコンピュータが自動で何でもできる世界になるだろうと目を輝かせていた。コンピュータには限界があり、最後は人間の知恵が必要だと返した。夢見る少年に冷や水をかけてしまった。そんなに簡単にはバラ色の世界はつくることはできない。1969年にアポロ11号が月面着陸し、1970年に大阪万博が開催された。私は興味を持てなかった。当時、ベトナム戦争の泥沼化、日米安保の反対運動などに対して時のジョンソン大統領や佐藤首相が大衆の目をそらすための一大イベントであるように思えた。当時、電子工学とか原子力工学という分野は花形であった。科学技術の進歩による明るい未来が期待された時代であった。その後コンピュータの世界の広がりはパーソナル化から、マイクロ化、スマート化へと広がり、確実に生活の中にどんどん定着してきた。
 子供の頃の交通図鑑には21世紀の未来の都市が描かれていた。超高層ビルの間に空中を浮かぶ乗り物で移動していたり、宇宙旅行の模様が描かれたりしていた。確かに超高層ビルは以前から比べれば、ごく普通の存在になった。しかし、現実は相変わらず、電柱が乱立し、そこにトランスとケーブルが這いずり回っている。逆にランニングする人、自転車通勤の増加などは未来予測の絵にはなかった。大学院のセミナーで「住空間の未来像」というテーマで資料を作ったことがあった。過去のいろいろな未来的な居住空間の提案をまとめたものだが、3,40年たった今あれは何だっただろうと思う。中にはカリカチャアとしてのものもあったが、多くは、人工制御への単純でかつ過度の期待のものであったように記憶している。
 10年ほど前、河田町にある超高層集合住宅のインフィル計画をした。都市での新しい住まい方対応して、多様な住まい方を誘発する提案型のインフィルを行った。29階と1階の一部を担当した。設備コアと収納、可動の間仕切りの組み合わせで、SOHOやシェア居住、1.5層の居住空間など実験的なプランニングであった。現在のUR都市機構の仕事であった。住まい手の反応等はなかなかこちらには届かない状況だが、未来的な居住空間を提案したという自負がある。しかし未来的なといっても予測できるわけがない。最近募集関係で、私の関連する不動産会社に相談があった。近々、見学に行く予定である。また新しい発見をして次の未来を考えたい。
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