アーキプラス

2014.03.31

27.AFTER FIFTY YEARS

コラムcolumn
写真:ポール・マッカートニー東京公演2014年11月21日
アンコール『イエスタデイ』演奏時
 ローリング・ストーンズが8年ぶりに東京でコンサートをした。私はストーンズのコンサートに1990年2月、1998年3月、2006年3月にと過去に3回行った。(ミック・ジャガー単独だと1988年3月東京ドーム国外のミュージシャンとして史上初の公演にも行ったが。)早速チケットを予約し、最終日の3月6日にコンサートに向かった。今回が一番盛り上がったように思った。Jumpin' Jack Flashからのスタート。意外と若い人も多い。全体的にノリが良い。アップ・テンポの曲ばかりだからか?何しろ、観客は最初から最後まで立っぱなしである。通常スローな曲になると一斉に座ったりするものだが、VIP席を除いて全曲ずーっと総立ちであった。今までほかのアーティストにもないことであった。
 私は1964年からストーンズのファンである。最初はあまりぱっとしなかったが、Time Is On My Side、Last Timeあたりがいいなと思っていたところ、1965年『サティスファクション』で花開いた。ミック・ジャガー曰く<ストーンズを巨大な怪物バンドに変えた曲>だそうだ。彼らのまさにターニング・ポイントとなり、以降19th nervous breakdown、Get Off of My Cloud、Paint It Blackとたて続けにヒットをした。ビートルズもうかうかしてはいられないと焦ったに違いないと思う。当時中学2,3年生として強烈なセンセーションであった。以降Jumpin' Jack Flash、Brown Sugar、Start Me Upなど、50年にもわたって、トップスターとしての人気を維持し続けている。これはただ事ではないと思う。通常考えられない奇跡である。
 1990年のメンバーからは、ベースのビル・ワイマンが抜けたが、ミック・ジャガー、キース・リチャード、ロン・ウッド、チャリー・ワッツのメンバー構成は相変わらずである。全員がおおよそ70歳ぐらいの人たちであったというのは驚異的なことである。アップした顔は皺くちゃではあるが、体型が20代そのものであることだ。演奏も声もまったく衰えを感じさせない。むしろ昔以上にステージを駆け回る。ミック・ジャガーは聞けば、13km(たぶん8マイル)を毎日走っているとのこと。節制も並大抵のことではないらしい。ただ、ロン・ウッドの前のギタリストであったミック・テイラーは途中から数曲の参加であったが、往年のイケメンギタリストはただの太っちょのオッサンになっていた。ギターの腕は変わらないが、他のメンバーとは明らかに異なっていた。ちょっとした積み重ねと意志の違いか?
 ミック・ジャガーは若いときに「四十五歳になって『サティスファクション』をまだ歌っているくらいなら、死んだ方がましだ」と言い放ったそうだ。しかし実際には彼は70歳を過ぎても『サティスファクション』を歌い続けている。アンコールでの最後の締めの曲はミック・テイラーを加えた『サティスファクション』であった。
 昨年11月ポール・マッカートニーのときはノーチェックだったのに写真は不可とのこと。場内のチェックは厳しく、目の前に係員に座り込まれ、写真は取れなかった。そういえばポール・マッカートニーまた5月にやって来るそうだ。解体される現国立競技場での単独海外アーティストによる最初で最後のコンサートとなる。11月のコンサートの最終日にアンコールで『イエスタデイ』を歌い始めた時、ポールに内緒で主催者が観客に配っていた、赤いペンライトが一斉にともされ、ポールは涙ぐんでいたそうだ。『マタキマス』といったことが現実となる。日本のこと相当気に入ったらしい。チケットの抽選を早くも申し込んでしまった。3月31日はボブ・ディランだ。Zepp DiverCity(Tokyo)でスタンディングのコンサートである。1960年代からの彼らの活躍をリアルタイムに見ていたものこそ味わえる至福の日々である。こんな日々を50年前に誰が予測できただろうか?
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