アーキプラス

2014.08.31

32.富士登山

コラムcolumn
 この夏、富士登山を試みた。以前高山病になったことから、5合目で一泊し、高さに慣れ、ゆっくり8合目まで登り、宿泊し、頂上を目指すというプログラムであった。しかし、折しも台風が接近し、倒木が生じ、富士スバルラインは閉鎖されていた。翌日、マイカー規制のため富士北麓駐車場に車を置き、シャトルバスで5合目に向かう。台風一過の午後、頂上の方まで晴れ渡り、河口湖、山中湖、自衛隊北富士演習場などくっきりと見えた。ゆっくりと順調に登り続けた。外国人の登山客が目立つ。5時過ぎ頃8合目の予約していた山小屋まで到着。すでに、団体客の多くが到着しており、食事が始まっていた。
 メニューはおかず付ワンプレート(スチレン製)のカレーライスのみである。カレー好きの日本人の多くはよいかもしれないが、これのみは外国人にはどうかな?38年前に登った時の山小屋にはもっと選択肢があった気がする。荷物を置きに、ねぐらに行く。二段重ねのロフトになっている。38年前は普通の平屋に蒲団で雑魚寝であった。用意されていたスペースは小上がり風の畳の間であった。梁下1m以下でみんな頭をぶつけていた。その上部には、はしごで登るロフト。寝台車のような構成だが、奥行き2.5m位のところに匍匐前進で縦に這ってゆかなくてはならない。床には寝袋が60~70センチ刻みに並べてある。
 掲示板には現在晴れだが、後に風雨が強くなり頂上付近6AM 風速15m~20mと書いてある。以前ご来光は頂上で見ているので朝6時に8合目出発で昼頂上へという計画であった。明日の天気の回復を祈りつつ、早めに眠りにつく。
 深夜目が覚める。玄関前の広間に行く。山小屋の黒板に団体客のご来光登山が中止と書いてある。隣いた外国人のカップルが広間にいた。途中でいなくなったために、登頂をスタートしたのかなと思っていた。悪環境に耐え切れなくて、起きてしまったらしい。外には、下から登頂を試みている登山客が休憩を求めているが、宿泊者が寝ているために断っている。また、雑魚寝はどうってことのない私は別として、多くの宿泊者はほとんど眠れないと聞く。以前より厳しい環境になってしまった気がした。
 翌朝残念ながら、天候は回復せず。宿泊者全員下山することになった。昨夜からの登山客が疲労困憊でずぶ濡れになり、通りがかりのその山小屋に休憩することを懇願していた。しかし、6時から掃除をするためにこれもまた断っている。すべてが、登山客本位よりも山小屋本位なのである。過去からの権益が旧態然として残っている。
 山小屋からの下りはなだらかな砂利道を蛇行しながら降りた。途中にトイレが1箇所しかない。大渋滞30分以上待ちだそうだ。ほうほうの体で5合目までたどり着く。個人の登山者はここからシャトルバスで北麓駐車場に行かなくてはならない。夜の登頂者と朝からの下山者がダブっているため。7本ある往復のピストンバス便が間に合わない。一同強い横殴りの風雨の中でびしょ濡れになり1時間半ほど待つ。北麓駐車場から程近い日帰り温泉に急ぐ。アメリカ人の家族もそこに向かっていた。こんなことなら京都に行けばよかったとこぼしていた。温泉にゆったりと漬かり、一息ついていると弾丸登山をしてきた若者たちの声がしてきた。昨日夜8時スタートの5合目からの登山は、頂上付近の暴風雨で頭痛と寒さと疲労で「死ぬか」と思ったそうだ。仲間10人全員、特に一人の女性が重症だったらしい。とくに帰りの5合目での待ち時間も大変だったと聞く。こちらも体験したので大いにうなずく。
 世界遺産として、近年脚光を浴びている富士山だが、登山に関しては量をコントロールし、質を高めなければならないのではと改めて思った。今回天候による影響が強かったが、それをも含めて対応策が必要な気がした。しかし、その後回った富士山の景色はどこからもよかった。忍野八海、西湖根場、朝霧高原、本栖湖など富士山を眺める絶好のスポットも多い。これらを生かして、少し朽ち果てている感のある周辺の施設も少しずつ改良されるといい。スイスは日本同様に山岳と湖を中心としたリゾートが普及している。値段の高さと料理のおいしくなさには閉口しながらも、ヨーロッパのリゾート地としての文化が熟成されている。歴史、文化、密度も大いに異なるが、以前の富士山信仰に根ざすような自然と大衆娯楽が共存するようなあり方を再現する仕組みが必要だ。
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