アーキプラス

2014.09.30

33.鴨川パワー

コラムcolumn
鴨川の集合住宅 QUATORZE
コモンルームと通路
撮影 斎部功
 賃貸集合住宅の設計を中心にしているため、現場のほとんどが東京近郊しかも事務所から3,40分ぐらいの交通至便なところばかりであった。首都圏以外では、軽井沢で数件仕事をしたのみである。友人の建築家たちが出張で地方に行くのをうらやましく思っていた。月に1,2度は1年を通して行く事になる。季節ごとに旅行ができて各地のおいしい料理やお酒が楽しめてさぞかし楽しいだろうと・・・・・。
 千葉県安房鴨川に病院の医師や職員のためのアパートメント「QUATORZE(カトルズ)」が完成した。ここは東京からそう遠くはない。しかし近くもない。サーフィンのメッカで「渚百選」にえらばれた前原海岸から徒歩30秒の場所にある。1.5層と1層を組み合わせた全室ロフト付のワンルーム14戸と店舗の集合住宅である。アパート内には全員のロングボードをかけることができ、ランドリーも兼ねるコモンスペースをつくった。ボードの手入れをしたり、お茶を飲んだりするのによい路地もつくった。表には店舗がある。海辺での暮らしを楽しむ住空間である。
 鴨川は房総半島南東部にあり、丘陵を北側に抱え、東側と南側に太平洋を望む温暖な地域である。もともと海水浴や釣りで人気があったが、横須賀基地の米軍兵士たちがサーフボードを鴨川に持ち込み、鴨川の少年たちの間に広まり、1965年には日本初のサーフィン大会が鴨川で開かれたといわれる。サーフィンの聖地となり、プロサーファーも輩出したときく。また、1970年に鴨川シーワールドができ、周辺にホテルが建ち並び、通年のリゾートエリアとなった。しかし、リゾートの多様化で時がたつにつれ、昔ほどの勢いはなくなってきている。特にかつての中心部である旧市街は、駅前の巨大スーパーやロードサイド店舗におされ、今ではご多分に漏れず、シャッターストリートと化している。海水浴客がある夏以外は住人の高齢化もあいまって、一部のサーファー除いて、人通りは少なく、ゴーストタウンとなりつつある。  
 病院は亀田総合病院という千葉県南部の基幹病院である。江戸時代から続く医者の家系だが、今や1日の平均外来患者数県内外や外国から3000名、職員数4000名規模の巨大病院である。先端医療と共に地域医療を融合し、ホスピタリティ溢れる医療を目指している。また昨年、医療大学を設立し、教育を含めた医療活動を広げようとしている。規模からいって、鴨川市は医療によって支えられているといっても過言ではない。その中でサーフィンは医師や職員にも大人気で、亀田カップというサーフィン大会を毎年行って全国から医療関係者が集まってくるという。病院にとって町の活性化は死活問題であるという。多くの職員や学生の町での暮らしが重要だからだ。理事長からも賛同を得て、店舗付の集合住宅のプロジェクトとなった。何よりも、新しい建築を作って町に活気を与えてほしいといわれた、
 オーナーは、鴨川育ちだが、これまでは東京を中心に造園業を営んでいた。地元ではサーフィンと海を愛する男たちの中心人物の一人であった。一念発起して、ふるさと再生につながるような街づくりに貢献しようという思いで今回のプロジェクトを思いつき立ち上げた。周りには鴨川を愛する男たちがあふれている。その中の一人に地元の定置網の船頭である坂本年壱さんがいた。その集団の中でもずっと年下の人である。多くの先輩がいる中、27歳で漁労長になり、以降20年近く漁をリードしてきた人である。工夫を重ね、漁具被害の防止、船内作業の効率化を図り、「沖〆」といって水揚げ物の付加価値向上のため、船内で処理し、2・3日間鮮度が持続し、おいしいと評判だ。地元の料理屋、観光客に限ることなく、築地にも出荷していると聞く。鴨川沖合は、大陸棚から日本海溝へと続き、黒潮が北上しているため、地形的にも好漁場で沿岸漁業に適し、四季を通じて豊かな海の幸に恵まれている。漁業は古来から鴨川の基幹産業だ。そんな人もいるすごい集団だ。このパワーは街づくりに絶対活かせる。今回の建築がどう作用するかはわからないが、もう少し鴨川に足をとどめて力を貸すことができたらと思う。
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