アーキプラス

2014.12.31

36.麻辣香鍋(マーラーシャングオ)

コラムcolumn
東京愛情「麻辣湯(マーラータン)」入り口にあるショーケースの具材
麻辣湯も麻辣香鍋もこの中からいくつか選び、辛さを指定して調理してもらう。
 誰もがそうであるように子供の頃からカレーが大好きだ。当時は外食の選択肢があまりなかったためか、出かけた時の食事はカレーが多かった。その中で印象的なのは、東京ドーム前身の後楽園球場のカレーであった。辛い、子供には我慢できないぐらいの辛さだった。これが大人の味覚かと思った。後に食べるオレンジシャーベットともに、後楽園遊園地のジェットコースター、野球観戦とセットになった至福の1日の大事なアイテムであった。
 1981年、初めてのヨーロッパ旅行は、南回りのパキスタン航空でバンコック、カラチ、イスタンブールに寄り道しながら回った。その都度機内食で登場するのがカレーであった。インディカ米のサフランライスに肉と青唐辛子とともに付き添えでソースとしてかかっている。時々、青唐辛子のうち、いくつかのひとつに特別に辛いものがある。突如地雷を踏んでしまったような、驚愕の辛さであった。口の中が大火事のようになり、氷水で口内を消火する。これは食べ物ではないと思った。カレーソースは程よく辛く、どれもとてもうまかった。今でも機会があったら、パキスタン航空で機内食を食べたいとふと思う。
 スイスのインターシティの食堂車、フランスの田舎のレストランどこに行ってもメニューをよく見ると片隅にカレーがある。肉にカレーソースを絡めたハッシュドビーフのような欧風カレーである。イギリスでは旧宗主国であるせいか、インド料理屋があり、日常的にカレーを食べることができる。高速道路のセルフサービスのレストランにもカレーライスのメニューがある。味は日本の家庭のカレーライスとまったく同じ、ただしライスは細長いインディカ米のタイプであった。日本のカレーライスのルーツはイギリス本土にあると思った。
 10年程前西早稲田に事務所を移転した。この高田馬場、早稲田界隈は大学や専門学校などが集積し、若者が多く、ラーメン店だけで百軒近くが凌ぎを削っている。また留学生も多く、国際色豊かである。インド、ネパール、パキスタン、モロッコ、ミャンマー、タイ、ベトナム料理などエスニックに関しても事欠かない。いろいろなタイプのカレーが揃っている。中でもお気に入りだったのが「夢民」であった。客の注文を受けてから野菜やベーコン、海老などの具を炒め、サラサラのルウと合わせる。辛さを指定する。野菜の食感と具の味がスパイスに絡まった。独特のスープのようなさらっとしたルーをご飯にかけたもの。特別にうまいというものではないが、食べやすく、癖になるファンが多く、常に行列となっていたが、店主ご夫妻の健康上の理由で37年続けた店を閉じてしまった。残念だ。
 最近気に入っているのが麻辣香鍋(マーラーシャングオ)だ。薬草とスパイスをミックスさせた中国本土でも人気の庶民の家庭料理だそうだ。東京愛情「麻辣湯(マーラータン)」という店である。店では、メインは麻辣湯というピリ辛の春雨スープである。入り口に冷蔵ショーケースがあり、具材を選択できる仕組みだ。女性店主は青島(チンタオ)出身、調理人は上海出身で客のほとんどが中国人である。中国語が飛び交う。麻辣香鍋は具材の季節の野菜、キノコ類と肉類、海鮮類をショーケースの中からいくつか選び、それらの旨みとスパイスが混ぜ合わさり、日本にはない複雑な辛さを味わえる。そして辛さを選べる。鍋だけれど鍋料理とは異なる、汁なしの鍋である。野菜と魚介、肉のスパイスを使ったハーモニーとご飯との組み合わせ。カレーとは異なるが、考えてみれば、「夢民」のカレーもこの料理の範疇に入るかも知れない。また、ポパイカレー(ほうれん草・トマト・卵のカレー)が食べたくなった。「夢民」をインスパイアした店が田町にあるらしい。そちらにも出かけてゆきたくなった。
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