アーキプラス

2012.03.31

3.花見

コラムcolumn
 今年は寒さが長続きし、3月末になっても未だにさくらの花が芽吹いてこない。開花がとても待ち遠しく感じる。さくらは長い冬の寒さに終わりを告げ、身も心も温かい空気に解き放たれる。お花見は大好きで、以前からわが事務所の重要なイベントのひとつとなっている。年度が変わり、卒業入学などの行事と重なり、節目を彩る花である。また建築の場合、3月竣工ということが多く、仕事でも節目となっている時期に咲く花である。予報では開花具合によって咲き始め、三分咲き、五分咲き、七分咲き、満開、散り始めなどと刻一刻と報道される。これは世界から見ても珍しいといわれる。気候の穏やかさの指標が花の見ごろと呼応している。
 1980年代前半のことである。知合いの不動産会社の人に誘われ、夜、青山墓地で花宴をした。7,8人であったが、花が見事に咲き乱れるなか、奥まった通路に小人数の数グループだけが味わう悦楽の時間・空間を過ごした。しかし、不敬にも死者が眠る慰霊の場所である。こんなところでお酒飲んでもいいかなと思いながらも、東京の真ん中にある桜の秘園で思いがけないサプライズ・パーティについ場所もわきまえず、酔いしいれてしまった。その後、それで評判が立ったのかどうかわからないけれどバブル期あたりから、そこで花見をする人が増え、屋台も現れ、人気のお花見スポットとなった。毎年、深夜まで酒宴が繰り広げられた。考えてみれば奇妙な光景である。それが近年宴会禁止になったと聞く。ゴミの散乱や騒音、トイレ以外での小用など、迷惑行為があり、近隣の住宅からのクレームが積もり積もったようだ。ある意味で当然のことかもしれない。何事も行き過ぎは問題である。非日常を通り越した単なる狂乱であったかもしれない。京都では花見といってもお寺、神社を巡ったり、哲学の道を歩く程度で、外で酒宴を開くのは円山公園と鴨川べりに限られているようだ。その点、東京はどこでもにぎやかだ。
 以前設計した「清水の家」は居住空間が中庭を取り囲んだ住宅である。中庭というボイド空間を挿入して、内と外が一体化するように考えた。ひとつの家の広さや奥行を最大限感じることができる仕組みだ。その中庭に植えたのが、さくらである。華があるからだ。さくらは成長が早い。数年でその家のシンボルツリーとなった。身近にさくらが楽しめる。毎年、花が咲くと花宴が開かれ、多くの来客があり、年々盛り上がっているようだ。
 今計画している練馬区の西大泉の集合住宅では、集合の中心となる中庭にまとめて桜を植える予定だ。どの家、どの部屋からも桜が見える。各住戸入り口周辺の外部スペースにテーブルを置いて、その季節は、お客さんを呼んで桜のホームパーティが出来るように考えた。その宴を介して、程よいつながりが生まれればと思う。花が散ったら、葉桜で早緑に。夏は中庭に葉が鬱蒼と生い茂り、まとまった日影をつくり、冬は陽だまりとなる。季節感を味わいながら、室内気候調整の装置となる。完成が今から楽しみだ。
Copyright(c) 谷内田章夫 無断転載不可