アーキプラス

2016.01.31

49.国技感

コラムcolumn
写真:琴奨菊の琴バウアー 
   この日はライバル豊ノ島に唯一の敗戦を喫してしまった。その後、連勝し、
   10年ぶりの日本出身優勝力士となった。
 久しぶりに相撲観戦に行ってきた。これで7回目である。国技といわれるものの、残念ながら、相撲を実際に観戦する人は多くはないと思う。今回も、4人桝席の他のメンバーは皆初めての体験であった。周りを見渡すと中には若い人もいるが、圧倒的に年配(自分を含めて)の人が多い。料金が高いのと平日昼間に行われるためだろうか?しかし行ってみると、両国駅からは相撲のぼりが建ち並び、やぐら太鼓、力士の入り待ちをする人、入口の「もぎり」や案内人に元力士らしい巨漢の人などがいて、独特の雰囲気が漂う。これを味合わない手はないと思う。
 私の父親は学生時代、相撲部の副将であった。そのため相撲の技や観戦の慣習には相当に詳しかった。東京で場所があるたびに会社の接待用の席に行っていたようだ。おかげでいつも盛りだくさんのお土産を抱えて家に帰ってきてくれた。こちらはその日をサプライズとして楽しんだ。軍配型のチョコレート、あんみつなど、特に焼き鳥は、柔らかく子供には食べやすく、嬉しかった。小学校6年生の頃、1度だけ、日曜日に椅子席ではあったけれど、連れてもらったことがあった。いくら渡しているのかは分からなかったが、飲み物、食べ物を持って来るたびにチップをやっていた。不思議な風習だなと思っていた。以前は相撲茶屋によって当日の飲食饗応とセットになって合わせると相当高額の料金だったらしい。一部その風習も残っているようだが、ネットによる販売も増え、今では、相撲茶屋を通さなくても気楽に楽しめるようになっている。
 幼稚園の頃、体格の良かった私に叔母がこう声をかけたそうだ。「大人になったら、何になるの?」即座に「お相撲さん」といったそうである。全く記憶にはない。テレビがまだ普及せず、ラジオ放送の時代であっても子供心に凄いと思わせたのかもしれない。当時電車が大好きだったから、電車の運転手というのならわかるのだが…。その後であったら、野球選手と答えていたかもしれない。
 初場所は他の多くのスポーツがシーズンオフのため、注目度が高い。13日目の観戦であった。十両の取り組みの途中から入場した。幕内に入り、土俵入り。国家斉唱は、15日間繰り広げられる最終日、千秋楽の表彰式の時のみである。国技だが、堅苦しいことは平常ない。東京ドームやパリーグの試合の前に毎試合国家斉唱するのは、星条旗が大好きなアメリカのメジャーリーグを模倣したに過ぎず、日頃の実感とは合わない。が、相撲の千秋楽のような時にこそありがたみというようなものがある。
 角界は不祥事が続き、5年前春場所が中止になる事態が生じた。しかし、その結果、その後の取り組みを見ると、力のぶつかり合いが目に見えるようはげしくなってきた。その代わり、怪我による休場も増えてきた。今場所も7人の休場者が出た、おかげでこの日も人気の照ノ富士、遠藤も見ることができなかった。6場所に地方巡業などを含めると100日以上取り組みをこなさなければならない。稽古を含めて、怪我との戦いでもある。ほとんどの力士が、サポーターやテーピングを体中に巻きつけていた。
 出身地の紹介がある。ブラジル、モンゴル、中国、韓国、ブルガリア、エジプト、ジョージア、カナダ、アメリカ、ハンガリーなど以前にもまして多彩になってきた。日本出身力士の優勝が話題となった。が、2012年にモンゴル出身で日本国籍を取った旭天鵬は日本人で優勝している。今回わざわざ「日本出身力士」とあえて言うのはいかがなものか?国籍を変えるほどまで、文化を理解したのだから、そもそも国籍も出身地もどうでもよいと思う。本人の問題だが、そのような文化の継承の方が未来的で受けいられるべきだと思う。いずれにしても国籍や人種などの問題ではなく、大切なのは、個人の人間性であり、地域の文化なのだから。
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