アーキプラス

2016.02.28

50.ダブルロック

コラムcolumn
写真:ロンドンの集合住宅 オダムズウォーク 設計GLC 1981年完成
 開放的な環境で私は育った。5歳から18歳まで世田谷区経堂の社宅ですごした。1000坪の敷地にいわゆる公団型2DK3階建2棟と2LDKの2階建長屋(テラスハウスと呼ばれた)2棟合計4棟の構成で、我々は長屋の方に四人家族で暮らしていた。各棟は向かい合い、夏は開け放しで生活していたため、どの家の家族の声も何となく伝わってくる。鍵はあったが、いるときは誰もかけていなかった。家族全員がいなくなるときはかけるが、だいたいは牛乳箱(どのうちにもあった)などに隠し置いていた。ブランコ、砂場、すべり台の3点セットのある児童公園や芝生の庭もある広場があった。門扉はなくだれでも入れた。一応まわりに(道路際)ネットフェンスで囲まれていた。専ら使うのは社員の家族である。時折近所の人や通学途中の子供も入ってきたが、畳やふすまの張り替えなどの職人が仕事をしたり、包丁の砥ぎ屋さんの仕事をしていたこともあった。金魚屋さん、氷屋さん、紙芝居やチンドン屋も入り込んできた。セミパブリックな広場であった。僕たちは鬼ごっこや缶けり、ゴムボールを使ったミニ野球、バトミントン、羽つきすべての遊びがここで繰り広げられた。その領域には誰でも入れるが、関係者でないと入りづらいような側面もあった。わざと通ったりする人も中にはいた。冗談で悪口を大声で言いながら通り過ぎる悪ガキ達もいた。そのような垣根のない環境のイメージを持っていたので、学生時代からそんな集合住宅をつくりたいと考えていた。
 1981年の初めてのヨーロッパ旅行では、多くの集合住宅を見学したが、都市部の古い建物の改修などではダブルロック方式で、個々の住宅の前の共用玄関にも共用のロックをするように改修することが普及していた。しかし、新しい集合住宅では、ソシアルハウジング(社会住宅-公共の低家賃住宅)が多く、ダブルロックはかからず、いろいろな集合住宅の中に紛れ込んで中の様子がうかがえた。ロンドンにあるオダムズウォークは若者に人気のある都市部の1街区を再開発した集合住宅である。1階、地階に商業施設があり、広場を内包し、4階部分には立体的な街路がある102世帯、5階建ての建物である。以前訪れたときは、誰でも入ることができた。街区の中を回遊できる立体街路を周回した。中庭を中心とし、少しずつ道路側の外部の方にセットバックしてゆく構成である。4階は入り組んだ構成で、図面を見るとシステマテイックなのだが、実に複雑で迷路に入り込んだような感覚だ。通路に面して、プライベートな庭を介して各住戸につながる。その通路が街につながるコンセプトだと思うのだが、最近行った人によると、ロックがかかっていて中には住民しか入れないそうだ。セキュリティーの名の下にどんどん居住空間とのつながりは残念なことに閉鎖的になっている。
 1980年頃から集合住宅の仕事をしているが、ほとんどがダブルロック方式のものである。今ではごく当たり前のものだが、当時は他との差異を表すために使った。結果として、諸般の事情の中でいまだに使い続けている。現在、生活文化のグローバル化が進む中での一つの流れなのか?
 大学では三年生に集合住宅の課題を与えている。主に生活領域をどう組み立てるかがテーマだ。内部でコミュニティを成り立たせ、それを都市や社会にどうつなげて行くかという観点で考えてもらっている。開放的な試みは日頃なかなか叶わぬことになるが、ダブルロックをしながらも部分的に街に開いたり、内部での繋がりを強めたり、思い切りよく提案してもらっている。これからの秘策のヒントとなるかもしれない。
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