アーキプラス

2018.02.28

73.能登たび

コラムcolumn
写真:能登 千枚田にて
 わが事務所の設立からのメンバーで長い間大番頭として事務所を支えている端谷氏が実家を改修することになった。実家は石川県能登地方の富来町、現在は志賀町と新設合併して新しい志賀町となったが、昔から、能登半島の外浦屈指の良港として栄えた地域である。今は、長男である彼自身が所有者であるが、地震による影響や経年変化により、手を加えざるを得なくなった。日頃業務に忙しい彼は、富山在住のOGメンバーに設計監理を発注することになった。傷みのひどい蔵は取り壊し、減築とし、駐車場となった。母屋を夏別荘として使えるように、設備を刷新し、内外装に手を加え、完成した。そのお披露目と郷里の富山で結婚したそのOGのサプライズ結婚パーティを兼ねて、こども4人を含む16人が参加して1泊2日の「能登たび」となった。冬の日本海をかねてから見てみたかった。念願がかなうことになった。
 能登空港からホテルの送迎バスで1時間半揺られる。昼前に富来の港にあるお寿司屋さんに着く。生きのいいネタでどれもこれも特別においしい。久しぶりに会ったメンバーもいる。ゆったりとした昼餉を掘りごたつの貸し切りの間でくつろぐ。そこから腹ごなし(酔いざまし)がてらに港を歩いてゆく。冬の荒れた日本海を期待していたが、なにやら暖かいやさしい風が頬をなでる。ある意味でちょっと期待外れである。さらに坂道を登ってゆく。すると港を仰ぎ見ることができる高台にその家は建っていた。周りにはしっかりとしたつくりの風合いのある民家が建ち並んでいる。神社や寺も目に付いた。かつて栄えた姿が目に浮かぶが、ひと気は全くない。豊かな街並みはこれまでは維持されているが、これから先はどうなるのかと思った。
 家の中から海が見えた。日本海を感じる。伝統的な日本の民家のつくりだから、建具を動かせばすぐに開放的な空間になる。夏はよさそうだねという声が飛び交う。夏の家として使えたらよいなと思った。子供たちは非日常的な空間に大はしゃぎ、新規購入の家具の梱包の大箱を見つけこれまた大騒ぎとなる。夏、また是非来ようということになった。春から秋にかけて事務所の保養施設として、稼働してもいいなと考えた。
 その日はサプライズパーティから大宴会へと続き、立派な宿泊施設だったので気兼ねなく楽しむことができた。翌日は、バスをチャーターして日本三大朝市で知られる輪島の朝市や千枚田など能登の観光巡りをした。途中の町並みも不思議と整っている。かつてはトタン板や新建材を使った補修の時期もあったが、近年、地産の杉板を使った補修が多くなり、景観の整った地域となっている。この辺はハウスメーカーの営業があまり出没していないらしい。昼食で寄った旅館でまた一息ついた。地元では有名らしいが、宿泊客以外の外からの立ち寄りは珍しいようだ。地元料理がどんどん出てくる。これが、また何もかもおいしい。地元料理の説明が続く。メニューと共に民謡の歌詞が書いてあったので、ネットで探してすぐにそれをかける。仲居のおばちゃん(おばあちゃん?)が気づき驚きよろこぶ。旅館の人達の温かい迎えと会話により、居心地がさらに良くなった。ここは旅館で宿泊施設だけれども、大勢で立ち寄り、宴会も開ける楽しい場所であった。
 日大の生産工学部での講師仲間で、現在教授の渡辺康さんが数年前から、イタリアに訪れ、紹介してもらった集落全体がホテルになるという「アルベルゴ・ディフーゾ」という考えを思い出した。アルベルゴは宿泊施設、ディフーゾとは分散・拡散を意味する。集落内に点在する空屋を宿泊施設として再利用するとともに集落全体をホテルと見立てた地域経営の仕組みである。街に点在する空屋、食堂、宴会場、浴場、店舗などの集落全体でホテル機能をカバーし、持続可能な街づくりのモデルとしたものだが、近年ポルトガル、スペイン、クロアチア、スイス、スロベニアなどヨーロッパで展開しつつあるそうだ。この方式を日本の集落でも、富来でも、日本ならではの仕組みで生かせたらと思った。
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