アーキプラス

2012.07.31

7.野外コンサート

コラムcolumn
 夏のフェスティバルの季節である。私がこの種のイベントに生まれて始めて行ったのは、1971年8月の箱根アフロディーデである。人気のポップス、フォーク、ロック、ジャズの出演者が出た後、「とり」はピンクフロイドであった。当時、プログレッシブ・ロックとして最先端を走っていたが、メンバーが建築学科の同級生ということでさらに興味を持っていた。コンサート会場は、箱根の芦ノ湖湖畔にある成蹊学園の寮が建つ広大な野原。客席は後ろのほうが低くなり、ステージを仰ぎ見るような通常の逆の構成であった。薄暮の夕暮れにスタートし、新曲「エコーズ」が演奏されたとき、霧が湖畔から次から次にステージに向かって舞い上がっていった。照明効果も加わり、霧の中での幻想的な光景であった。ハイテクと自然が生みだした舞台効果は今でも語り草となったコンサートである。初めて聴いた野外コンサートが、幸運なことにこの伝説のピンクフロイドのライブであった。
 以来「野外」を好むようになった。その後、いろいろな「野外」に行くうちに、毎夏1度は行きたくなるようになった。何よりビールでも飲みながら、リラックスして聴けるのがいい。いまでもロックやフォークのフェスティバルはまだ続いている。しかし、ジャズはなくなってしまったのが少しさびしい。運営側としては天候に左右されやすく、空やまわりの背景が音を吸収し、デッドな音場になり、音響効果の調整が難しいからだ。しかし、ホールのような密閉された空間ではなく、外に抜けている環境は「気」が抜け、緊張が解かれるのがいい。スタジアムでも同様である。ドームより青天井のほうが気持ち良い。私はキースジャレットが大好きで、1974年日本で最初に行われたソロコンサートから聴いている。しかし、キースは最近のコンサートで、場内の騒音(携帯の着信音、咳やくしゃみなど)により、演奏を中断したことがある。張り詰めたコンサートホールのそういう緊迫感は、私は苦手である。その点野外でのコンサートでは自然がつくる暗騒音の中で、人が発する小さな音は消されるため、充分に気楽なスタイルで聞ける。1972年初夏、合歓ジャズインでのことである。激雨の雨あがりに深夜の空に星が瞬きはじめたころ、周りのカエルの鳴き声も絶頂になり、チックコリアの演奏は始まった。その2曲目は、そのカエルの声を聴きながら、ピアノの音の間に生かすようにして演奏した。通常ならノイズであるところをサウンドとして生かし、アドリブで演奏した。その臨機応変で聴衆を喜ばせるのは彼の真骨頂である。野外ならではの自然と融合したインプロビゼーションであった。
 オーストリアのブレゲンツ音楽祭は、毎年7月から8月にかけて開かれる夏のフェスティバルである。ボーデン湖上に作られた舞台で行われる湖上オペラが有名である。以前から一度訪れてみたかった。その人気の名所の近くに、スイスの建築家ピーター・ズントーが設計した美術館ができたのを知り、1998年に念願のブレゲンツに行った。出しものはG・ガーシュイン作曲のオペラ「ポギーとベス」。カフェで腹ごしらえをして、早めに会場に行く。ドイツ、スイス、オーストリアにまたがる細長いボーデン湖は角度によっては水平線が見える。その奥に沈む夕日を見ながら、開幕を待つ。湖上に浮ぶようにしつらえた仮設のステージ。それを取り囲むような扇形のスタンドに観衆が徐々に埋まって行く。事前の準備がなかったため、ストリーはよくわからなかったが、そこに漂うだけで、時がたつのを忘れてしまっていた。「野外」にもいろいろな可能性があるが、日常も非日常にも、この季節はいろいろ活用できるのではないか。そして湖も。日本にも素晴らしい湖はたくさんあるのになあと思う。
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