アーキプラス

2018.06.30

77.クライアント

コラムcolumn
写真:「新建築」2018年8月号に掲載された 千駄ヶ谷の集合住宅「ZOOM神宮前」
     継続して発注を受けている。
 建築設計を生業としてやってゆこうとする者にとって、まず仕事を見つけるのが難しい。私達は、絶えず新しい領域を探して、仕事を探し続けるいわば「狩猟民族」のようなものであると常日頃思っている。なかなか継続して、仕事を続けるケースは少ない。例年ある程度の発注がコンスタントに見込めるような業種ではない。
 私は実務経験を経ないまま仲間と独立した。大学院の在籍が実務とみなされていた時代、修士のうちに一級建築士の資格を取り、終了後、大学の同級生と事務所を構えた。それまでの実績はゼロであり、何をしたらよいのか全く分からないままであった。今から考えてみても、怖いもの知らずで、いい度胸をしていたと思う。3人組だったので気楽であったのかもしれない。身近な人達が我々の心意気を感じてもくれて仕事をいただいた。幸運なことに、最初の一年で住宅3軒を完成させた。以降、それぞれのメンバーが、親兄弟・親戚、友人、同級生などから仕事を引き出していった。身内の人や身の回りの人達は大切なクライアント候補でもある。しかし、住宅の設計の場合、その人にとって家を建てることは一生の一大イベントである。一歩間違えると気まずくなることもある。非常に気を使う仕事だった。労を厭わず不動産関係の会社からは、少しずつ実績を評価してもらい、依頼は徐々に増えていった。
 ただ、待っていただけでは仕事は来ない。結局、知り合うきっかけは、知人や他のクライアントからの紹介がほとんどとなる。知人そのものも多い。私も、母親、従兄、小学校、中学校、高校の同級生、大学院の研究室の同僚、後輩を施主として仕事をさせてもらった。雑誌を見て、とか、ネットで見てという方は意外と少ない。もちろん、雑誌や本の影響は大きく、宣伝効果は大である。しかし、ネットでは、幾つかの建築家に同時に検討を依頼している場合がある。若い建築家にとってみれば、一つのチャンスかもしれない。が、知り合いの人に頼まれた以外はお断りする。
 仕事にトラブルはつきものである。クライアントとのコミュニケーションの欠落により、三十代に味わった辛い経験から、クライアントとのコミュニケーションを充分にとることが一番大事だと考えている。お互いの立場、気持ちを考え、しっかりとコミュニケーションをとるようにしている。そのためにお互い考えていることを明確にし、なるべく正確に伝えること。またそういった場をつくるように努力している。酒宴の場ももちろんあるが、テニス・ゴルフ・フットサル・ボーリングなどのスポーツを一緒にやったり、スポーツ観戦をしたり、ハワイアンバンド(ヤチダヨリ#41参照)を一緒に組んだりしたこともある。ただ、息が合いすぎて、慣れ合いになり大事なことを見過ごすこともある。また、提言しにくくなることもある。緊迫感もある程度必要だ。私流では、なるべく本心をつかみだす意味でも適度な交流は大切だと考えている。こちらが割合と大雑把なところがあるので、それを察してか依頼される方もおおらか方が多いように思う。幸運なことに大きなトラブルを生じたことはない。以前、クライアントは2、30歳くらい年上の方が多かったが、こちらの加齢と共にし、徐々に変化し、現在では、年下の人がほとんどである。
 公共の仕事はなかった。しかし、都市機構関連の仕事はいくつか行った。地方の設計事務所は、公共の仕事がある程度まわってくると聞いている。うらやましいことだ。お役所の仕事は皆無である。本来は地域のための仕事を手掛けて、地域に貢献するような仕事をしたいものだが、お鉢はまわってこなかった。また、そのための努力を怠っていた。営利事業ではなく、社会から求められているものを発見してゆき、社会から望まれるようなものをつくって行きたい。この先を楽しむため「いつかクライアントになってみたい。」という夢もある。自分がクライアントになって自分に発注して遊び場基地のような小屋を建ててみようか・・・。
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